回。
『4058-3149』と『9413-8504』は両方とも答えが『909』で計算式と答えの両方が回文。文系としては言葉の回文よりもむしろこっちの方が不思議に思える。
数字に強い人から見れば不思議じゃないことなのかもしれないんだけど、そのあたりどうなんだろうか。やっぱり理系の考え方というのがあるのかもしれない。そういえば中学の頃、数学の授業で『どうして使わないのに数学なんて覚えないといけないんですか?』と誰かが担当教諭に質問したことがあった。多分これも文系な考え方なんだろうね。
その時先生は『数学は身近に溶け込みすぎてるだけで、君がその重要性に気付いてないだけだ。』とおっしゃっていた。社会に出てようやくその意味がわかってきたけど、悲しいかな当時の僕はそれを理解することを出来ず、先生が話す数学以外の話ばかりを今でも覚えてる。
国語担当の先生が授業に遅れてた時、急にその数学の先生がクラスに入ってきて『はい国語の授業を始めまーす』と、適当に授業を始めたこともある。黒板にまず『あいうえお』と書き、生徒に国語を覚える意味を教え始めた。
『ハイいいですかー。人は「あい」に「うえ」る生き物で、それを理解する為にまず「おか」あさんに「きく」ことから始める訳ですねー。で、大人になってその意味をより深く理解するために「けっこ」んし…。とまで話した所で国語の先生が到着したので、そのままアッサリ授業を辞めて帰ったりしてた。五十音の最後まであるんだろうか。続きが聞きたい。
他にも『えー、数字の区切りがなぜ1~10の単位で区切られてるかというと、人間の指が10本あるからで…』とか、授業の合間にそんな話をよくしていたように思う。今改めて考えると、学ぶことに対する面白さとか『最初の概念』を教えようとしてたんじゃないだろうか。
きっと良い先生に出会えていたんだろう。数字の面白さから教えようとしてくれたのだから。僕は当時そのチャンスを見逃したけれど、その最初の概念だけでもこうして思い出せてることを嬉しく思う。
でも確か『世の中ね、顔かお金かなのよ。』という回文もその先生に教えてもらった言葉だ。
学ぶことの素晴らしさはドコに。